副業労働者の長時間労働と安全配慮義務 大阪高判R4.10.14

副業を行う労働者が合計で長時間労働となった事例で、使用者の安全配慮義務違反を認めた例として、大器キャリアキャスティングほか1社事件(大阪高判R4.10.14)をご紹介します。

事案の概要

Xは、24時間営業の給油所の運営業務を行うYと労働契約を締結し、給油所作業員として深夜早朝時間帯に就労していたが、同業務を営むAとも労働契約を締結し、深夜早朝以外の時間帯にも就労するようになった。なお、Aは、Yの上記業務の再委託元であり、Xの両業務は同一の店舗で行われていた。

その結果、XのY・Aに係る合計の労働時間は、Yを欠勤するようになった直前3か月で月270~300時間にのぼり、また157日間にわたって休日がない状況となった。

Yは、Xに対し雇止めを行ったところ、Xは、雇止めの無効を求めるとともに、YがXの長時間労働を軽減等すべき注意義務を怠ったことは安全配慮義務に違反する等と主張した。

本稿で扱う争点

Xの長時間労働に係る安全配慮義務違反の成否

判旨

裁判所は、次のように述べ、Xの長時間労働に係るYの安全配慮義務違反を認めた。

控訴人が同一の店舗(d店)で給油所作業員として就労していたことに照らせば、被控訴人Y1社は、a社に問合せをするなどして、a社との労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間について把握できる状況にあったのであるから、控訴人のa社における兼業は、従業員が勤務時間外の私的な時間を利用して雇用主と無関係の別企業で就労した場合(雇用主が兼業の状況を把握することは必ずしも容易ではない場合)とは異なるということができる。

Y1社は、控訴人との間の労働契約上の信義則に基づき、使用者として、労働者が心身の健康を害さないよう配慮する義務を負い、労働時間、休日等について適正な労働条件を確保するなどの措置を取るべき義務(安全配慮義務)を負うと解されるところ、上記のような事実関係によれば、控訴人は被控訴人ら両名との間の労働契約に基づいて、157日という長期間にわたって休日がない状態で、しかも深夜早朝の時間帯に単独での勤務をするという心理的負荷のある勤務を含む長時間勤務・・・が継続しており、被控訴人Y1社は、自身との労働契約に基づく控訴人の労働時間は把握しており、業務を委託していた被控訴人Y2社との労働契約に基づく就労状況も比較的容易に把握することができたのであるから、控訴人の業務を軽減する措置を取るべき義務を負っていたというべきである。
しかるに、被控訴人Y1社は、平成26年3月末頃には控訴人がa社との兼業をしている事実を把握したにもかかわらず、兼業の解消を求めることはあったものの、控訴人のa社における就労状況を具体的に把握することなく、同年7月2日に至るまで上記のような長時間の連続勤務をする状態を解消しなかったのであるから、控訴人に対する安全配慮義務違反があったと認められる。

また、Xの長時間労働についてX自身の積極的な選択の結果生じたとの点については、次のように述べ、過失相殺の中で考慮されるにとどまると判断した。

なお、・・・被控訴人Y1社及びa社との労働契約に基づく控訴人の連続かつ長時間労働の発生は、控訴人の積極的な選択の結果生じたものであることは否定できず、控訴人は、連続かつ長時間労働の発生という労働基準法32条及び35条の趣旨を自ら積極的に損なう行動を取っていたものといえる。
しかしながら、使用者である被控訴人Y1社には、労働契約上の一般的な指揮命令権があるのであり、控訴人が法の趣旨に反した長時間かつ連続の就労をしていることを認識した場合には、直ちにそのような状態を除去すべく、Cが控訴人の希望する被控訴人Y1社における勤務シフトを承認しない等の措置をとることもできたのであるから、上記のような控訴人による積極的な行動があったことは、安全配慮義務違反の有無の判断を直接左右するとはいえず、過失相殺の有無・程度において考慮されるにとどまるというべきである。

コメント

本判決は、労働者が副業の結果として長時間労働に陥った事態について、使用者に安全配慮義務違反を認めた先例的判断です。

本件では、YはXに対して兼業の解消を求めていたようですが、本判決はそれにとどまらず、兼業先での就労状況を具体的に把握し、(勤務シフトの不承認など)長時間の連続業務を解消する措置を講じるべきであったとしています。

もっとも、本件の具体的な安全配慮義務(Xの業務を軽減する措置を取るべき義務)を導く前提として、兼業も同一の店舗であり就労状況が比較的容易に把握し得る状況であったことが重視されているように思われます。兼業先が全く無関係な事業者・就労先である場合の安全配慮義務はどのように構成されるのかは不透明です。

いずれにせよ、厚労省ガイドラインを参考に、兼業先の就労状況を把握した上で長時間労働の是正措置を講じる必要性に留意すべきでしょう。

職場でのメール監視がプライバシー侵害に当たるか 東京地判H13.12.3

職場において、部下が送受信した私的なメール等を上司が閲読・監視する行為がプライバシー侵害に当たり違法か否かが判断された事例として、東京地判平成13年12月3日・労判826号76頁をご紹介します。

事案の概要

Y(男性)は、A社においてX(女性)の上司であった。

Xは、Yに対して強い反感を抱いており、夫に対して、社内PCから「日頃のストレスは新事業部長にある。細かい上に女性同士の人間関係にまで口を出す。いかに関わらずして仕事をするかが今後の課題。まったく、単なる呑みの誘いじゃんかねー」とのメールを送付しようとしたが、誤ってY宛に送信してしまった。

Yは、当該誤送信メールを読み、Xのメールの使用を監視し始めた。

その中で、Yは、XがYへの激しい反感を持って「スキャンダルでも探して何とかしましょうよ」等のメールを送付し、Yをセクハラ行為で告発しようとする方向に動いていることを知り、警戒感を強めた。

A社では、職務の遂行のため、従業員各人に電子メールのドメインネームとパスワードを割り当てており、このアドレスは社内で公開され、パスワードは各人の氏名をそのまま用いていた。そのため、YはXのメールサーバーにアクセスし、これを閲読していた。

しかし、途中でXがパスワードを変更したため、Yは会社のIT部に対し、X等の電子メールをY宛に自動転送するよう依頼した。

本稿で扱う争点

電子メールの閲読行為がXのプライバシー権を侵害し違法か

裁判所の判断の概要

裁判所は、まず社内ネットワークを用いたメールの私的使用の許否について、次のように判示した。

勤労者として社会生活を送る以上、日常の社会生活を営む上で通常必要な外部との連絡の着信先として会社の電話装置を用いることが許容されるのはもちろんのこと、さらに、会社における職務の遂行の妨げとならず、会社の経済的負担も極めて軽微なものである場合には、これらの外部からの連絡に適宜即応するために必要かつ合理的な限度の範囲内において、会社の電話装置を発信に用いることも社会通念上許容されている・・・このことは、会社のネットワークシステムを用いた私的電子メールの送受信に関しても基本的に妥当するというべきである。

続いて、社員の電子メールの私的使用にプライバシー権があるか否かに関して、

通常の電話装置と異なり、社内ネットワークシステムを用いた電子メールの送受信については、一定の範囲でその通信内容等が社内ネットワークシステムのサーバーコンピューターや端末内に記録されるものであること、社内ネットワークシステムには当該会社の管理者が存在し、ネットワーク全体を適宜監視しながら保守を行っているのが通常であることに照らすと、利用者において、通常の電話装置の場合と全く同程度のプライバシー保護を期待することはできず、当該システムの具体的情況に応じた合理的な範囲での保護を期待し得るに止まる・・・。

とし、プライバシー権の保護の程度が相対的に小さいことが示された。

そして、A社の社内ネットワークシステムの具体的情況を踏まえて、次のように、プライバシー権の侵害の有無の判断基準を示した。

職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合、あるいは、責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合あるいは社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により監視した場合など、監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限りプライバシー権の侵害となる・・・。

そして、本件のYによる閲読行為について、次のように判断し、結論として、法的保護に値する重大なプライバシー権侵害を受けたとはいえないとした。

  • Yの監視の必要性については、一応認めることができる。
  • 監視行為は第三者によるのが妥当であったとはいえるが、Yが当該部署の最高責任者であり、かつ他に適当な者がいたとも認められないため、Y本人による監視であることの一事をもって社会通念上相当でないとはいえない。
  • 当初、独自に自己の端末からXらのメールを閲読したとの方法は相当とはいえないが、途中からは担当部署に依頼して監視を続けており、全く個人的に監視行為を続けたわけでもない。
  • これに対し、Xらによる社内ネットワークを用いたメールの私的使用の程度は、外部からの連絡に適宜即応するために必要かつ合理的な限度を超えており、Yによる監視の事態を招いたことについてX側の責任、結果として監視されたメールの内容等の全事実経過を総合考慮すると、Yによる監視行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したものとまではいえない。

若干のコメント

社内ネットワークを用いた私的なメールの閲読行為とプライバシー権について判断した、リーディングケースとなる裁判例です。

メールの私的利用については、本判決に表れた規範のほか、それが就業時間中に行われた場合には、職務専念義務に違反することとなり得る点で基本的には許されないと考えられます。

インターネット等の私的利用の有無及び程度について監視したり問題発生時に調査するとの点については、その必要性に応じて使用規程を定め、その権限を明らかにしておく対応が望ましいでしょう。

なお、誹謗中傷メールの苦情対応についての調査の目的で労働者の送受信したメールを閲読した行為が適法とされた例として、東京地判平成14年2月26日・労判825号50頁があります。

 

業務上の経費を賃金から控除することの可否 京都地判R5.1.26

業務上の経費を賃金から控除することの可否について判断した、京都地判令和5年1月26日労判1282号19頁(住友生命保険(費用負担)事件)をご紹介します。

事案の概要

Xは、Y社において営業職員として勤務している労働者である。その業務は、生命保険の新契約募集、既契約者サービス活動、保険料の集金等である。

Xを含む営業職員は、毎月の賃金から、「携帯端末使用料」、「機関控除金」及び「会社斡旋物品代」との費目による費用(以下併せて「本件費用」という。)が控除されていた。

①携帯端末使用料とは,Y社の顧客に保険商品の内容を説明したり,保険契約のシミュレーションをしたりする際に用いられる端末の使用料である。Y社は同端末の利用を推奨していたものの,これを用いなくても営業活動を行うことは可能であった。

②機関控除金とは,Y社の支部単位で注文を取りまとめる物品にかかる費用である。当該物品は,営業職員が自身の注文数を支部の事務担当者に伝える等の方法で注文される。

③会社斡旋物品代とは,住生物産等が提供する物品にかかる費用である。物品は,営業職員が各自で個別注文するか,事務担当者に個別注文を依頼する等の方法で注文される。

Y社は、過半数組合との間で、営業職員の毎月の賃金から所定の費目を控除できる旨を定めた本件協定を締結していた。一方、これらの賃金控除を契約上根拠づける規定は、就業規則にも雇用契約書にも存在しなかった。

本稿で扱う争点

①賃金控除に関する本件協定の有効性(労基法24条1項:賃金全額払原則との関係)

②賃金から経費を控除する個別合意の存否

裁判所の判断の概要

争点①:賃金控除に関する本件協定の有効性

裁判所は次のように述べ、本件協定の有効性について判断基準を示した。

労働基準法24条1項・・・ただし書については,購買代金,社宅,寮その他の福利,厚生施設の費用,社内預金,組合費等,事理明白なものについてのみ,労使協定によって賃金から控除することを認める趣旨である。・・・事理明白なものとは,労働者が当然に支払うべきことが明らかなものであり,控除の対象となることが労働者にとって識別可能な程度に特定されているものでなければならないが,労働者がその自由な意思に基づいて控除することに同意したものであれば,労働者が当然に支払うべきことが明らかなものに該当すると認めることができ,上記規定に違反するものとはいえない・・・。

したがって,本件協定は,労働者がその自由な意思に基づいて同意したものに適用する限りにおいては,事理明白なものであり,有効であると認められる。

争点②:賃金から経費を控除する個別合意の存否

裁判所は、以下のように述べ、労働契約において労働者に経費を費用負担させることが適法となる場合があること、及びその判断基準を示した。

本件協定は,労働基準法24条1項ただし書の協定として,同項本文の原則違反を免れさせるものであるが,労働契約上,賃金からの控除を適法なものとして認めるためには,別途,労働協約又は就業規則に控除の根拠規定を設けるか,対象労働者の同意を
得ることが必要である。

・・・労働基準法89条5号のように、就業規則によって労働者に費用負担をさせる場合があることを定めた条項が存在することからすれば、使用者と労働者との間の合意によりこれを定めることも許容されているというべきである。

・・・賃金全額払の原則の趣旨とするところに鑑みれば,賃金からの控除が適法に認められるためには,労働者がその自由な意思に基づいて合意したものである必要があるというべきである。そして,本件においては,・・・本件協定を締結しているものではあるが,そのような経緯があっても,控除の対象が,使用者から義務付けられ,労働者にとって選択の余地がない営業活動費である場合には,自由な意思に基づく合意とはいえず,賃金からの控除は許されないものと解される。

そして、本件費用について、その業務において当該端末や物品等を利用するか否かが最終的には各営業職員の判断であること、Xが長年に亘って控除を認識しつつそれらを利用してきたこと等を指摘し、本件費用の大部分について個別合意の成立を認めた。

一方で、Xが当該控除について明示的に異議を述べた以降の部分や、物品等の多寡にかかわらず原則として全営業職員に一律に定額で課される負担金の費目については、個別合意の成立を否定した。

若干のコメント

本判決は、労基法24条1項ただし書により控除可能とする費用について、「事理明白なもの」に限定する旨述べた上で、事理明白性を、「労働者の自由な意思に基づく同意の有無」により判断するという手法を明らかにしました。しかし、本件の当てはめにおいては、協定上の文言を根拠に、控除対象等が労働者にとって識別可能な程度に特定されているとし、同意の有無の問題を先送りしています。

また、本件では就業規則等に本件控除の根拠規定がなかったため、本件控除に関する個別同意の有無が争点となり、ここで「労働者の自由な意思に基づく同意」の有無が審査されています。もっとも、「労働者の自由な意思に基づく同意」の存在が比較的緩やかに認定されており、この点に関する控訴審での判断も注目されます。

退職後の競業避止義務を定めた合意の有効性 東京地判R4.5.13

退職後の競業避止義務を定めた合意が公序良俗違反で無効と判断された例として、東京地判令和4年5月13日労判1278号20頁をご紹介します。

事案の概要

X社は、主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社である。

Yは、X社と労働契約を締結し、A社を就業場所としてシステムエンジニアとして職務従事していたが、令和2年9月末日をもってX社を退職した。

Yは、X社退職後である同年10月9日、本件合意書に署名押印した。本件合意書には、次のような記載があった。

第4条(競業避止義務の確認) 私は、前各条項(注:秘密保持条項)を遵守するため、退職後1年間にわたり次の行為を行わないことを約束いたします。

⑴貴社との取引に関係ある事業者に就職すること

⑵貴社のお客先に関係ある事業者に就職すること

⑶貴社と取引及び競合関係にある事業者に就職すること

⑷貴社と取引及び競合関係にある事業を自ら開業または設立すること

Yは、X社退職後である令和2年10月1日以降、B社と業務委託契約を締結し、A社に通い、X社と取引関係のある事業者において勤務した。

X社は、Yに対し、上記競業避止義務違反を理由として損害賠償請求を行った。

本稿で扱う争点

競業避止義務に関する合意が公序良俗に反し無効か否か

裁判所の判断の概要

まず、一般論として次のように判断枠組みを定立した。

従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は、・・・これによって守られるべき使用者の利益、これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容等を総合考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には、公序良俗に反して無効である・・・。

そして、上記考慮要素についてそれぞれ次のとおり評価した(以下太字は引用者)。

①使用者の利益
原告は、主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社であって、・・・その具体的な作業については各派遣先・・・の指示に従うものとされていた・・・。このような原告におけるシステムエンジニアの従事する業務内容に照らせば、原告がシステム開発、システム運営その他に関する独自のノウハウを有するものとはいえないし、被告がそのようなノウハウの提供を受けたと認めるに足りる証拠もないのであって、原告において・・・退職後の競業避止義務を定める目的・利益は明らかとはいえない
②従業員の不利益の内容及び程度

(引用者注:本件合意書の規定文言について)いずれも文言上、転職先の業種・職種の限定はないし、地域・範囲の定めもなく、・・・原告の取引先のみならず、原告の客先の取引先と関係がある事業者までも含まれており、禁止する転職先等の範囲も極めて広範にわたるものといわざるを得ない。・・・被告の職務経歴に照らすと、上記の範囲をもって転職等を禁止することは、被告の再就職を著しく妨げるものというべきである。

③代償措置の有無及びその内容

・・・手当、退職金その他退職後の競業禁止に対する代償措置は講じられておらず、本件合意書においても、・・・その代償措置については何らの規定もない・・・。

そして、結論として以下のように述べ、本件合意書に基づく合意を無効と判断した。

以上のように、原告の本件合意書により達しようとする目的は明らかではないことに比して、被告が禁じられる転職等の範囲は広範であり、その代償措置も講じられていないことからすると、競業避止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、本件合意書に基づく合意は、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合に当たるものとして公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ない。

若干のコメント

退職後の競業避止義務の定めは、当該退職者の職業選択の自由を制約することになる以上、公序良俗に反するものとして無効となるか否かが問題となります。その判断基準は概ね、本判決でも述べられているように、企業側の正当な利益、従業員の地位、禁止される業務の内容及びその場所的・時間的範囲、代償措置といった点が考慮要素となります*1

本件合意書における競業避止義務は、時間的範囲としては1年間と比較的制限されており、裁判所もそのような評価を前提としていますが、その点のみをもって有効と判断されるわけではありません。特に本件では、同義務により守るべき独自性を有する技術上、営業上の情報が特段想定されず、原告側の正当な利益を認めがたいこと(この点に関する原告側の主張は判決文中も明らかとなっていません)、それにもかかわらず禁止対象となり得る転職先等の範囲が広すぎるため、職業選択の自由への制約が重きに失すると判断されたものと整理可能でしょう。

退職後の競業避止義務を定めるに当たっては、同義務により守るべき企業側の利益を具体的に整理、抽出することが求められるものとして、参考となる一事例と思われます。

*1:五十嵐ほか編『Q&A営業秘密を巡る実務論点』136頁以下。

シフト制労働者に対する退職扱いとバックペイ 東京高判R4.7.7

シフト制で勤務していた労働者に対して合意退職扱いとした措置について、合意退職は成立しておらず、一方バックペイについては原告主張のうち一部期間のみ認めた例として、東京高判R4.7.7労判1276号21頁をご紹介します。

事案の概要

労働者Xは、本件寿司店における時給制の従業員であった。具体的な勤務日や勤務時間はシフト制がとられ、各従業員があらかじめ勤務希望日のシフトを提出し、決定されていた。

Xは、平成31年1月以降、勤務希望日が激減し、同年3月13日以降のシフトを提出せず、同日以降出勤しなくなった。

Yは、担当者がXと電話等でやり取りした後、Xの社会保険の資格喪失の手続を行う等し、退職扱いとした。

本稿で扱う争点

①合意退職の成否

②Xの不就労がYの責めに帰すべき事由によるものか及びバックペイの額

裁判所の判断の概要

争点①合意退職の成否

裁判所は、概要次のとおり判示し、合意退職の成立を否定した。

  • Xによる退職の意思表示については何ら書面が作成されていないところ、YによるXの退職の意思の確認も明確に行われておらず、Yの主張*1によっても、Xの退職時期が判然としない。
  • Xは最終出勤日の勤務以降も本件寿司店の店舗の鍵を所持し、同店舗に私物を置いたままにしていた。
  • 最終勤務日から約1~2カ月後にかけて、Xは、退職の意思表示をしたことを強く否定し、一時休職するものの復職意思がある旨の発言を行った。
  • →Xの最終勤務日の勤務前後の言動から、XがYに対して確定的な意思表示をしたと認めることは困難であり、黙示の退職の意思表示があったと認めることもできない。

争点②Xの不就労がYの責めに帰すべき事由によるものか及びバックペイの額

裁判所は、概要次のとおり判断し、令和2年3月以降についてのみ、Yの責めに帰すべき事由により就労できなかったと認めた。

  • Xは、Yに対し、本件寿司店に復職させること等を要求する本件要求書を送付した令和元年8月9日頃まで、本件寿司店への復職時期を明確にしていなかったところ、この間Yにおいて、本件寿司店の人員を補充するため新たなアルバイト従業員を雇入れるなどしていた。→Yが本件要求書の送付を受けた後直ちにXを復職させなかったとしても、Yの責めに帰すべき事由によりXが就労できなかったとまでは認められない。
  • もっとも、Xが、本件要求書を送付した上、同年10月1日から令和2年1月17日まで5回にわたる団体交渉においても本件寿司店への復職を求めており、Yにおいても、Xに復職意思があることを明確に認識しながら、同年3月に本件寿司店で新たにアルバイト従業員2名を雇用した、→同月以降については、Xを本件寿司店で就労させることは可能であり、Yの責めに帰すべき事由によりXが就労できなかったといえる。

また、バックペイの額については、概要次のとおり判断し、(平成30年3月から平成31年2月までの時間外、深夜の割増賃金を含めた平均賃金月額ではなく)平成30年12月から平成31年3月までの平均労働時間をベースに算定した

  • Xは、平成30年12月以降、自ら勤務日数を減少させていた上、本件寿司店は令和2年4月以降、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により休業や営業時間短縮を余儀なくされ、深夜営業ができない期間が長期に及んでいる。→令和2年3月以降に支給を受けられたとする賃金については、平成30年3月から平成31年2月までの時間外、深夜の割増賃金を含めた平均賃金月額とするのは相当でなく、Xの平成30年12月から平成31年3月までの平均労働時間に時給額を乗じた額とすべき。

若干のコメント

本判決は、争点①については従来の判断傾向に沿った判断がなされたものと整理可能です。

一方、争点②について、Xの不就労期間のうち、Xが復職時期を一定期間明らかにせず、Yが人員補充した等の事実を捉え、一部の期間についてYの帰責事由の存在を否定しており、注目されます。実務上も、シフト制で働くアルバイト従業員が同様の行動を行い、使用者が対応に苦慮する場面も想定され得ますが、参考となる判断例といえるでしょう。

また、シフト制労働者の不就労期間の賃金額については、近時の裁判例でも問題とされています(例えば、シルバーハート事件・東京地判R2.11.25労判1245号27頁は、違法なシフト削減がされ始めた月の直近3カ月の賃金の平均額としました)。

*1:XがB店長に対し、平成30年11月下旬頃に「もうすぐ店を辞める。12月末だと思う」と申し入れ、また最終勤務日に、B店長に「もう来ない。保険等いろいろあるので、(退職は)4月半ばぐらいになると思います」と答え、B店長が「わかった」と述べた、との主張。

債務の本旨に従わない労務提供と賃金控除の可否 岡山地判R4.4.19

債務の本旨に従うものとはいえない労務提供を行ったとして、当該労務提供時間分の賃金を控除した措置に対し、違法と判断した例として、岡山地判R4.4.19労判1275号61頁をご紹介します。

事案の概要

労働者Xは、鉄道運転士であった。

Xは、回送列車を電車区に移動させて留置する作業を行う際、乗継のため待機すべきホームの番線を間違え、指定時刻より2分遅れて同作業を開始し、1分遅れて同作業を開始、完了した。

Y社は、乗継が遅れた2分間は勤務を欠いたものとして、当該2分間のXの賃金を控除した。

本稿で扱う争点

当該賃金控除の可否

裁判所の判断の概要

まず、「労働者が債務の本旨に従った労務の提供をしていない場合であっても、使用者が当該労務の受領を拒絶することなく、これを受領している場合には、使用者の指揮命令に服している時間として、賃金請求権が発生するものと解される」と一般論を示した。

その上で、以下の点などを挙げ、Y社が当該2分間のXの労務を受領したものと判断した。

  • Y社は小カードにより分単位で時刻を指定して業務を指示しているが、いかに小カードの記載どおりに業務遂行しようとしても、遂行過程の一部で過失による遅れ等が生じ得ることは、Y社においても通常想定される。
  • そして、過失により一部でも小カードに反する労務提供がされた場合に、当該乗務員の労務提供を拒絶して他の労働者に急遽代替させるなどの措置は現実的でない。
  • むしろ、当該乗務員において一連の業務の中で直ちに小カード所定の労務内容に修正すべく行動することを求めていると解するのが合理的。
  • →乗務員は、小カードにより指示された業務を遂行する過程で誤りや遅れ等を生じさせた場合に、それを修正するための労務も含めて、業務の遂行に向けた一連の労務を行っており、その間、被告の指揮命令に服している。

したがって、「当該労務の提供が、債務の本旨に従ったものであったか否かにかかわらず、当該労務について、被告の指揮命令に服している時間として原告に賃金請求権が発生する」と結論付けた。

若干のコメント

本判決も指摘するように、労働者が債務の本旨に従った労務の提供をしていないからといってその分の賃金控除が可能となるわけではなく、当該労務の受領を拒絶することなく受領したと認められる場合は、これに対する賃金請求権が発生するものと考えられています。換言すれば、債務の本旨に従った労務提供といえない場合に使用者がその労務提供の受領を拒否したときには、「債権者の責めに帰すべき事由」による履行不能とはならず、賃金支払義務を負わないことになります(民法536条)。

これに関するリーディングケースとして、水道機工事件・最判昭和60年3月7日集民144号141頁があります。出張・外勤を命ずる本件業務命令を事前に発したにもかかわらず、労働者が内勤業務に従事し、出張・外勤業務を提供しなかったという事案について、最高裁は、債務の本旨に従った労務提供とはいえず、また本件業務命令を事前に発したことにより出張・外勤業務以外の労務の受領をあらかじめ拒絶したものと認め、その時間に対応する賃金支払義務を負わないと判断しました。

このように、事前の指示内容と全く異なる業務を故意に提供した上記事案とは異なり、本件は、Y社の指示していた業務に従事する中で、通常想定可能な過失による遅延が生じたというに過ぎない事案であって、Y社がこのような労務提供の一切の受領を拒絶していたと解するのは無理があるようにも思われます。このような人為的ミスに対しては、賃金カットで対応するのではなく、指導、配置転換、(場合によっては)懲戒処分等により対応するのがセオリーと思います。

就業規則の「不利益」変更とは?

就業規則を労働者との合意なく「不利益」に変更する場合、労働契約法10条に定める合理性の要件を満たす必要があります(労働契約法10条)。ここにいう「不利益」とはどういう場合かとの点は、実務上重要な問題となります。

1 前提:就業規則の効力

労働契約も契約であり、その内容は当事者双方の合意により決められるのが原則です。
もっとも労働契約については、就業規則が、⑴一定の要件のもと、労働契約の内容を規律する効力(就業規則の労働契約規律効)を有するとともに、⑵事業場の労働条件の最低基準として働く効力(就業規則の最低基準効)も有するとされています。

就業規則の労働契約規律効

就業規則の労働契約規律効は、2つの場面に大別されます。
すなわち、①労働契約の締結場面においては、周知及び合理性を要件として、労働契約の内容が就業規則に定める労働条件によることとされています(労働契約法7条)。
また、②労働契約の変更場面においても、周知及びその変更の合理性を要件として、労働者の同意なくとも、労働契約の内容を変更後の就業規則上の労働条件によることとされています(同10条)。

就業規則の最低基準効

就業規則の最低基準効とは、すなわち、労働契約の内容において、就業規則上の基準に達しない労働条件を定める労働契約部分は無効となり、その部分は代わりに就業規則上の基準によることとされます(同12条)。

2 就業規則の「不利益」変更とは

②労働契約の変更場面については、労働者に客観的に有利な変更であれば、同10条に定める合理性の要件を問われることなく、就業規則の最低基準効により、有利変更された就業規則が労働契約を規律することになります。
そこで、就業規則を変更する際、当該変更が「不利益」変更に当たるか否かが重要な問題となります。

この点について、裁判所は、実質的な不利益変更(例えば賃金減額)が明瞭には認定できない場合、新旧就業規則の外形的比較において不利益とみなしうる変更があればよく実質的不利益変更の有無は同10条の合理性の判断における変更内容の相当性の場面で考慮すればよいとする傾向にあるとされています(荒木尚志ほか『詳説労働契約法』134頁以下(弘文堂、2014))。
一例として、第一小型ハイヤー事件(最判平4.7.13労判630号6頁)では、歩合給の計算方法を従前より変更する内容の就業規則の変更を行った事案で、使用者側は、平均賃金額が変更前後でほぼ同額であり不利益はない旨主張したものの、裁判所は不利益変更に当たることを前提として判断しており、外形的にみて不利益が生じる可能性があれば不利益変更に当たるとの判断を行ったものと理解されます。

このように、不利益変更の合理性判断を要するか否かの間口の問題としての「不利益」の該当性は広く解した上で、実質的な不利益の程度については、合理性判断における変更内容の相当性の中で考慮する、と捉える必要があるでしょう。