事業場外みなし労働時間制の適用を認めた例 東京地判令4.3.30

MRに対し、社用携帯電話を持たせ、また勤怠システムが導入されていた事案において、事業場外みなし労働時間制(労基法38条の2第1項)の適用が認めた例として、東京地判令4.3.30労経速2490号3頁をご紹介します。

事案の概要

労働者Xは、医薬品の製造・販売を業とするY社において、MRとして就労していた。
Xの業務は、営業先を訪問して業務を行う外回りの業務で、基本的には営業先へ直行直帰であった。
Y社は、Xに対し、「Salesforce」というシステムに訪問先の施設や活動結果等の情報を入力させ、また訪問した施設や活動状況を記載した週報を上司に週1回提出させていた。また、社用スマートフォンを貸与した上で、「IEYASU」という勤怠システム上に出退勤時刻を打刻させていたほか、スマートフォンの位置情報が記録されるようにした状態で当該システムに打刻の登録を行うよう指示していた。

本稿で扱う争点

事業場外みなし労働時間制の適用の有無

裁判所の判断

まず、「労働時間を算定し難い」(労基法38条の2第1項)か否かの判断枠組みについて、以下のとおり、最判平26.1.24集民246号1頁の判示を引用した。

「労働時間を算定し難い」ときに当たるか否かは、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときは、その方法、内容やその実施の態様、状況等を総合して、使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りるかという観点から判断することが相当である・・・。

その上で、本件について次のとおり判断し、Y社がXの「勤務の状況を具体的に把握することは困難であった」と判示した。

  • Xの各日の具体的な訪問先や訪問スケジュールは、基本的にX自身が決定し、その裁量に委ねられており、上司が決定・指示するものでない。

  • 週報の内容は極めて軽易なものであり、また「Salesforce」は顧客管理のために用いられていたものであり、いずれも各日の業務スケジュールを具体的に報告させるものではなかった。

  • 勤怠システムによる記録から把握できるのは、出退勤の打刻時刻とその登録がされた際の位置情報のみで、出勤から退勤までの間の具体的な業務スケジュールについて記録されるものではなかった。

  • Y社がXに対し、社用携帯電話を通じて随時指示をしたり、Xが終業時に上司へ架電し業務に関する報告をしていたと認めるに足りる証拠はない。

若干のコメント

事業場外みなし労働時間制の適用の有無については、「労働時間を算定しがたいとき」という要件に当たるか否かが問題とされるケースが大半です。
当該判断枠組みについては、本判決も引用する最高裁判例が、事例判断ではありますが、①業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、②使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときは、その方法、内容やその実施の態様、状況等を総合して、使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りるかという観点から判断することを示しています。
なお、行政解釈では、労働者が使用者の指揮監督下にあるといえるか否かを基準としています(昭63.1.1基発1号)が、上記判示に照らせば、使用者の指揮監督下にあるといえるか否かを基準としているというよりは、直接、使用者にとって労働時間を把握することが困難といえるか否かを判断しているように解されます(佐々木宗啓ほか編『類型別労働関係訴訟の実務』158頁(青林書院、2017))。

「労働時間を算定しがたいとき」に当たることを認めた裁判例は比較的少数です。
本件は、スマートフォンを用いて勤怠システムに出退勤時刻の打刻をさせていたものの、基本的には外勤で直行直帰の形態であり、訪問先等の決定の裁量も委ねられ、また業務内容やスケジュールに関する具体的な報告もなされていなかったこと等を踏まえて、Y社がXの勤務状況を具体的に把握することが困難であったとされており、「労働時間を算定しがたいとき」に当たると判断された数少ない一例となるものです。

業務外負傷による休職期間満了後の退職扱いを有効とした例 日東電工事件

今回は、業務外負傷による休職期間満了後の退職扱いを有効とした、日東電工事件・大阪高判令3.7.30労判1253号84頁をご紹介します。

事案の概要

労働者Xは、Y社との間で職種限定のない無期雇用契約を締結していたが、業務外で交通事故に遭い、障害等級1級と認定された身体障害手帳の交付を受けた(下肢完全麻痺、上肢不全麻痺等)。
Xは、同事故の翌日から年次有給休暇、欠勤を経て、休職期間に入った。その後、XがY社に対し復職の意思を伝え、複数回にわたり復職に関する面談を行ったが、Y社はXの復職を不可と結論付け、休職期間満了に伴い雇用契約を終了したものとした。

本稿で扱う争点

①休職期間満了時において休職事由が消滅していたか
②合理的配慮としてXに在宅勤務をさせるべきであったか

裁判所の判断の概要

争点①(休職期間満了時に休職事由が消滅していたか)

この点について大阪高裁は、原審(大阪地判令3.1.27)の補正と二審でのXの補充主張に対する判断を除き、原審判決を引用した。

原審判決は、まず片山組事件最高裁判決(最判平10.4.9)を参照し、一般的な判断枠組みを示した。
そして、⑴Xが従前の職務を通常程度に行うことができる健康状態を回復したかとの点について、a本件事故発生当時と同様の勤務日数で現実に出勤して労務提供することができず、またb休職前のXの業務が現場等に赴き直接対応することを要するものであったところ、休職期間満了時における原告の後遺障害の内容程度等に照らせば、そのような業務遂行が困難であること等を踏まえ、これを否定した。
また、⑵他の職務等を前提とした休職事由の消滅の有無についても、そもそもXが休職期間満了時点では、配置転換等を前提とした他の業務について労務の提供を申し出ていたとは認められないとして、これも否定した。

争点②(合理的配慮としてXに在宅勤務させるべきか)

二審において、Xは、合理的配慮(改正障害者雇用促進法36条の3)として在宅勤務やこれに伴う執務条件が整備されれば、休職前の職務を通常程度行うことが可能である旨補充主張を行った。
しかし、裁判所は、a そもそもXの休職前の業務は在宅勤務によることが可能とはいえないこと、b Y社の就業規則に在宅勤務の定めがなく、Xからの在宅勤務の申出に応じるべき義務があるともいえないこと等から、Xの上記主張は採用できないとした。

実務上のポイント

私傷病による休職期間満了時の退職扱いの有効性については、医学的な意見に対する判断もあいまって、実務上悩ましい場面がしばしば生じます。
本件は、原審・二審ともに、①従前の職務を通常の程度に行える健康状態への回復、②配置の現実的可能性のある他の業務の存在という一般的な判断枠組みのもと、休職事由の消滅を認めない判断をなした一例となりました。
当該労働者が障害者雇用促進法上の「障害者」に該当する場合は、本件でも問題とされているように、同法36条の3に定める合理的配慮の検討が別途必要となるため、留意する必要があります。
また、本判決では在宅勤務に関する権利についても問題とされています。現行法の下では、在宅勤務が労働契約の内容となっていない限りは労働者がこれを請求することはできないと解されています(河野奈月「テレワークと労働者の私生活の保護」法律時報増刊新型コロナウイルスと法学(2022))。本判決も、このような考え方を前提として判断したものといえるでしょう。

なお、争いとなるのは、復職を可とする主治医の診断書等が提出されたにもかかわらず復職を認めないとするケースが大半ですが、本件では、通常の勤務日数・勤務時間どおりの勤務が可能である旨の主治医の診断書の信用性が否定されており、その点でも実務上参考となり得ます。