業務上の経費を賃金から控除することの可否 京都地判R5.1.26

業務上の経費を賃金から控除することの可否について判断した、京都地判令和5年1月26日労判1282号19頁(住友生命保険(費用負担)事件)をご紹介します。

事案の概要

Xは、Y社において営業職員として勤務している労働者である。その業務は、生命保険の新契約募集、既契約者サービス活動、保険料の集金等である。

Xを含む営業職員は、毎月の賃金から、「携帯端末使用料」、「機関控除金」及び「会社斡旋物品代」との費目による費用(以下併せて「本件費用」という。)が控除されていた。

①携帯端末使用料とは,Y社の顧客に保険商品の内容を説明したり,保険契約のシミュレーションをしたりする際に用いられる端末の使用料である。Y社は同端末の利用を推奨していたものの,これを用いなくても営業活動を行うことは可能であった。

②機関控除金とは,Y社の支部単位で注文を取りまとめる物品にかかる費用である。当該物品は,営業職員が自身の注文数を支部の事務担当者に伝える等の方法で注文される。

③会社斡旋物品代とは,住生物産等が提供する物品にかかる費用である。物品は,営業職員が各自で個別注文するか,事務担当者に個別注文を依頼する等の方法で注文される。

Y社は、過半数組合との間で、営業職員の毎月の賃金から所定の費目を控除できる旨を定めた本件協定を締結していた。一方、これらの賃金控除を契約上根拠づける規定は、就業規則にも雇用契約書にも存在しなかった。

本稿で扱う争点

①賃金控除に関する本件協定の有効性(労基法24条1項:賃金全額払原則との関係)

②賃金から経費を控除する個別合意の存否

裁判所の判断の概要

争点①:賃金控除に関する本件協定の有効性

裁判所は次のように述べ、本件協定の有効性について判断基準を示した。

労働基準法24条1項・・・ただし書については,購買代金,社宅,寮その他の福利,厚生施設の費用,社内預金,組合費等,事理明白なものについてのみ,労使協定によって賃金から控除することを認める趣旨である。・・・事理明白なものとは,労働者が当然に支払うべきことが明らかなものであり,控除の対象となることが労働者にとって識別可能な程度に特定されているものでなければならないが,労働者がその自由な意思に基づいて控除することに同意したものであれば,労働者が当然に支払うべきことが明らかなものに該当すると認めることができ,上記規定に違反するものとはいえない・・・。

したがって,本件協定は,労働者がその自由な意思に基づいて同意したものに適用する限りにおいては,事理明白なものであり,有効であると認められる。

争点②:賃金から経費を控除する個別合意の存否

裁判所は、以下のように述べ、労働契約において労働者に経費を費用負担させることが適法となる場合があること、及びその判断基準を示した。

本件協定は,労働基準法24条1項ただし書の協定として,同項本文の原則違反を免れさせるものであるが,労働契約上,賃金からの控除を適法なものとして認めるためには,別途,労働協約又は就業規則に控除の根拠規定を設けるか,対象労働者の同意を
得ることが必要である。

・・・労働基準法89条5号のように、就業規則によって労働者に費用負担をさせる場合があることを定めた条項が存在することからすれば、使用者と労働者との間の合意によりこれを定めることも許容されているというべきである。

・・・賃金全額払の原則の趣旨とするところに鑑みれば,賃金からの控除が適法に認められるためには,労働者がその自由な意思に基づいて合意したものである必要があるというべきである。そして,本件においては,・・・本件協定を締結しているものではあるが,そのような経緯があっても,控除の対象が,使用者から義務付けられ,労働者にとって選択の余地がない営業活動費である場合には,自由な意思に基づく合意とはいえず,賃金からの控除は許されないものと解される。

そして、本件費用について、その業務において当該端末や物品等を利用するか否かが最終的には各営業職員の判断であること、Xが長年に亘って控除を認識しつつそれらを利用してきたこと等を指摘し、本件費用の大部分について個別合意の成立を認めた。

一方で、Xが当該控除について明示的に異議を述べた以降の部分や、物品等の多寡にかかわらず原則として全営業職員に一律に定額で課される負担金の費目については、個別合意の成立を否定した。

若干のコメント

本判決は、労基法24条1項ただし書により控除可能とする費用について、「事理明白なもの」に限定する旨述べた上で、事理明白性を、「労働者の自由な意思に基づく同意の有無」により判断するという手法を明らかにしました。しかし、本件の当てはめにおいては、協定上の文言を根拠に、控除対象等が労働者にとって識別可能な程度に特定されているとし、同意の有無の問題を先送りしています。

また、本件では就業規則等に本件控除の根拠規定がなかったため、本件控除に関する個別同意の有無が争点となり、ここで「労働者の自由な意思に基づく同意」の有無が審査されています。もっとも、「労働者の自由な意思に基づく同意」の存在が比較的緩やかに認定されており、この点に関する控訴審での判断も注目されます。