債務の本旨に従わない労務提供と賃金控除の可否 岡山地判R4.4.19

債務の本旨に従うものとはいえない労務提供を行ったとして、当該労務提供時間分の賃金を控除した措置に対し、違法と判断した例として、岡山地判R4.4.19労判1275号61頁をご紹介します。

事案の概要

労働者Xは、鉄道運転士であった。

Xは、回送列車を電車区に移動させて留置する作業を行う際、乗継のため待機すべきホームの番線を間違え、指定時刻より2分遅れて同作業を開始し、1分遅れて同作業を開始、完了した。

Y社は、乗継が遅れた2分間は勤務を欠いたものとして、当該2分間のXの賃金を控除した。

本稿で扱う争点

当該賃金控除の可否

裁判所の判断の概要

まず、「労働者が債務の本旨に従った労務の提供をしていない場合であっても、使用者が当該労務の受領を拒絶することなく、これを受領している場合には、使用者の指揮命令に服している時間として、賃金請求権が発生するものと解される」と一般論を示した。

その上で、以下の点などを挙げ、Y社が当該2分間のXの労務を受領したものと判断した。

  • Y社は小カードにより分単位で時刻を指定して業務を指示しているが、いかに小カードの記載どおりに業務遂行しようとしても、遂行過程の一部で過失による遅れ等が生じ得ることは、Y社においても通常想定される。
  • そして、過失により一部でも小カードに反する労務提供がされた場合に、当該乗務員の労務提供を拒絶して他の労働者に急遽代替させるなどの措置は現実的でない。
  • むしろ、当該乗務員において一連の業務の中で直ちに小カード所定の労務内容に修正すべく行動することを求めていると解するのが合理的。
  • →乗務員は、小カードにより指示された業務を遂行する過程で誤りや遅れ等を生じさせた場合に、それを修正するための労務も含めて、業務の遂行に向けた一連の労務を行っており、その間、被告の指揮命令に服している。

したがって、「当該労務の提供が、債務の本旨に従ったものであったか否かにかかわらず、当該労務について、被告の指揮命令に服している時間として原告に賃金請求権が発生する」と結論付けた。

若干のコメント

本判決も指摘するように、労働者が債務の本旨に従った労務の提供をしていないからといってその分の賃金控除が可能となるわけではなく、当該労務の受領を拒絶することなく受領したと認められる場合は、これに対する賃金請求権が発生するものと考えられています。換言すれば、債務の本旨に従った労務提供といえない場合に使用者がその労務提供の受領を拒否したときには、「債権者の責めに帰すべき事由」による履行不能とはならず、賃金支払義務を負わないことになります(民法536条)。

これに関するリーディングケースとして、水道機工事件・最判昭和60年3月7日集民144号141頁があります。出張・外勤を命ずる本件業務命令を事前に発したにもかかわらず、労働者が内勤業務に従事し、出張・外勤業務を提供しなかったという事案について、最高裁は、債務の本旨に従った労務提供とはいえず、また本件業務命令を事前に発したことにより出張・外勤業務以外の労務の受領をあらかじめ拒絶したものと認め、その時間に対応する賃金支払義務を負わないと判断しました。

このように、事前の指示内容と全く異なる業務を故意に提供した上記事案とは異なり、本件は、Y社の指示していた業務に従事する中で、通常想定可能な過失による遅延が生じたというに過ぎない事案であって、Y社がこのような労務提供の一切の受領を拒絶していたと解するのは無理があるようにも思われます。このような人為的ミスに対しては、賃金カットで対応するのではなく、指導、配置転換、(場合によっては)懲戒処分等により対応するのがセオリーと思います。